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東京地方裁判所 平成4年(ワ)2799号 判決 1994年4月21日

原告 株式会社みどり産業

右代表者代表取締役 吉田幸生

右訴訟代理人弁護士 出口明良

室井優

被告 安田信託銀行株式会社

右代表者代表取締役 高山冨士雄

右訴訟代理人弁護士 工藤舜達

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一億円及びこれに対する平成四年三月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告が、原告との間の信託型不動産運用システム事業に関する基本協定に基づいて、敷地権付区分建物の分譲販売を受託し、更に右区分建物の建築資金等を融資する等の債務を負担していたのに、一方的に右協定を解約したため、原告は予定されていた他社への売却の機会を失った上、右融資により返済できるはずであった借入金の利息の支払を余儀なくされたなどとして、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、後記二の3のとおりの予定売却価格との差額及び利息等の損害合計三二億一〇二〇万二二五〇円のうち、一億円を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  原告と被告は、平成二年三月六日、原告の所有する別紙物件目録≪省略≫記載一ないし三の各土地(以下まとめて「本件土地」という。)上もしくは帝都高速度交通営団(以下「営団」という。)所有にかかる同目録記載四の土地(以下「本件隣接土地」という。)に地上権を設定した上で両土地上に、地下一階、地上七階の事務所用建物(以下「本件建物」という。)を建築し、右各土地及び本件建物について、被告を受託者として、信託型不動産運用システム事業(以下「本件事業」という。)を実行することを内容とする業務提携基本協定を締結し、更に同日、原告、被告及び飛島建設株式会社(以下「飛島建設」という。)との間で、右事業について同内容の基本協定を締結した(以下両協定をまとめて「本件協定」という。)。

なお、右事業の概要は、原告が、被告の仲介ないし代理の下、本件土地及び本件建物を投資家に売却した上、被告において、右投資家らから信託を受け、それを原告に一括して賃貸し、さらに原告が一般テナントに賃貸することにより、不動産の運用を図るというものである。

2  被告は原告に対し、平成二年一〇月二日、本件事業を実行しないことを通告し、本件協定を解約する旨の意思表示をした(≪証拠省略≫)。

二  原告の主張

1  被告は、原告に対し、本件協定に基づき左記の各債務を負担し、更に、原告と被告は、平成二年九月初めころ、本件土地の売買代金相当額及び本件隣接土地についての地上権の売買代金相当額の支払時期並びに本件建物の建築資金等として左記(三)の約五二億円の融資時期を、いずれも平成二年一一月一〇日とする旨を約した。

(一) 本件建物について、被告は、右建物の共有持分と敷地の共有持分を合わせて、建物については建築原価の一四二パーセント(実際には工期により一五四パーセント)の価格の持分割合価格により、土地については国土利用計画法(以下「国土法」という。)上許される最高額の持分割合価格により、右価格の合計額を売買代金額として、法人を対象として分譲する。

(二) 被告は、原告に対し、本件建物の建築確認時に本件土地の売買代金相当額を、本件建物完成引渡時に、本件建物についての売買代金相当額を、それぞれ支払う。

(三) 被告は、原告に対し、本件建物の建築に要する費用等として、約五二億円を融資する。

(四) 被告は本件建物完成後、各買主より本件土地及び建物の信託を受けた上、原告に対して一括して賃貸する。

なお、原告が本件協定に合意したのは、平成元年一一月ころより、被告から、①右(一)の分譲後、被告は購入者から右建物及び本件土地について信託を受け、それを原告が賃借し、さらに原告が一般ユーザーにサブリースすることにより、年間一億円以上のサブリース益を上げることができること、②被告は既に顧客を把握しているので、本件建物完成前に本件土地代金相当額の支払を受け、それをもって原告が第一勧業銀行に対して負っている借入利息の発生を止められること、③一〇年後に、原告は、購入者から右建物を買い戻すことができること、の各勧誘ないし説明を受けていたからである。

2  仮にそうでないとしても、本件協定に基づき、被告は、原告に対し、本件事業完成のために必要な不動産売買契約、金銭消費貸借契約ないし賃貸借契約等の各個別契約の締結のために、最善の努力をなすべき信義則上の債務を負担したものである。

3  原告は、被告の債務不履行により、以下(一)ないし(八)記載の合計三二億一〇二〇万二二五〇円の損害を被った。

(一) 本件土地売却価額の差額一二億五六〇〇万円

原告は、日本生命保険相互会社に対し、平成元年一一月ころ、本件土地を、代金一二七億〇五〇〇万円で売却する旨約していたが、被告の勧誘により右日本生命との売買契約を解約した上、本件事業を実施することにしたものであった。

しかしながら、被告の本件協定の解約により、原告はやむなく株式会社鷺宮製作所(以下「鷺宮製作所」という。)に、本件土地(ただし、二六一二一〇分の二四三八三三の共有持分)、本件隣接土地の地上権(ただし、二六一二一〇分の二四三八三三の準共有持分)及び本件建物のうち七階の一部を除く部分を、代金合計一六三億六六〇〇万円で売却したものであり、原告は、右代金のうち、本件土地と本件隣接土地の地上権の代金合計一一四億四九〇〇万円を、平成三年八月二六日受領した。

よって、右一二七億〇五〇〇万円と、一一四億四九〇〇万円との差額である一二億五六〇〇万円が原告に生じた損害である。

(二) 本件土地に対する平成三年分の特別土地保有税三〇三一万六六〇〇円

(三) 本件事業において本件土地の売却期限であった平成二年一一月一〇日から、原告が鷺宮製作所から代金の支払を受けた日の前日である平成三年八月二五日までの期間に対応する固定資産税及び都市計画税の合計四四〇万三五三四円

(四) 原告は、被告による本件協定の解約により、借入金の利息を止められなくなったため、第一勧業銀行から利息分を借り増して、準消費貸借契約を締結し、右契約上の債務について、鷺宮製作所の保証を受けた。そのため原告は、

(1) 第一勧業銀行のための根抵当権の極度額増額のための登記費用八九万一九八〇円、

(2) 準消費貸借契約の締結のための手形切替用収入印紙四〇万円、

(3) 前記鷺宮製作所の保証を得るための、同社のための抵当権設定仮登記設定登記費用三二万八九三〇円、

の合計一六二万〇九一〇円を支出した。

(五) 本件協定において、本件土地の売買代金相当額の支払期限であった平成二年一一月一〇日から、鷺宮製作所から支払を受けた平成三年八月二六日までの銀行からの借入金の利息のうち、同社から支払を受けた一一四億四九〇〇万円に対する利息合計三八四四万五七五六円

(六) 今後一〇年間分の得べかりし転貸利益合計一〇億円

(七) 慰謝料一億円

(八) 本件ビル設計料等の左記(1)ないし(8)の諸費用の合計七九四一万五四五〇円

(1) 本件建物建築確認手数料一五万円

(2) 本件隣接土地に地上権を設定するための水準測量費一一万八四五〇円

(3) 本件土地の不動産鑑定手数料一七〇万円

(4) 不動産価格調査、国土法届出代理及びコンサルタント料三〇〇万円

(5) 岩田建築事務所との間の業務委託契約書用収入印紙代六万円

(6) 本件建物設計料七三五七万五〇〇〇円

(7) 営団との地上権設定契約用収入印紙代四〇万円

(8) 完成予想図(パース)作成費用四一万二〇〇〇円

三  被告の反論

1  本件協定は、法律上の拘束力を有する契約ではなく、事業協力を約した商売上の協定にすぎないものであって、いわば抽象的・総論的協定である。したがって、当事者間に法律的な拘束力のある契約を成立させるためには、右各協定に基づいて、不動産販売委託契約、委任契約、賃貸借契約、銀行取引約定、金銭消費貸借契約、連帯保証契約、抵当権設定契約、不動産売買契約、不動産信託契約等の具体的な契約を締結することが必要となるものである。また、国土法二三条、一四条は、土地に関する所有権もしくは地上権の移転または設定をする契約を、同法の不勧告通知を取得する以前に締結することを禁止しているから、原告は同法の申請をする以前に、法律上の権利義務が発生する土地売買等の契約をすることはできないし、被告がそれに関与することもできない。

したがって、各当事者は、その自由な判断により、本件事業を中止できるものである。

2  仮に本件協定に、何らかの法律上の拘束力があるものとしても、被告と原告とは、本件協定締結の際、天変地異その他原告ないし被告の責めに帰すべからざる事由により、本件事業の遂行が著しく困難になった場合には、右協定を解約できる旨を約していたものであるところ、被告は左記各事由により、本件事業の遂行が著しく困難になったと判断し、原告に対し、平成二年一〇月二日、本件協定を解約する旨の意思表示をしたものである。

(一) 被告は、原告の信用を把握し、本件土地に設定された(三)の根抵当権設定登記の抹消が可能かどうかの判断をするため、原告に対して、財務資料や財産目録等の提出を要求したが、原告はこれに応じなかった。

(二) 原告の試算した本件土地及び本件隣接土地の地上権の販売価額の合計は一一四億四四一一万九四二三円であったのに対し、被告の計算によると、当時予想された国土法価額は一〇九億八六八〇万〇六〇七円であり、原告の試算の価額では、国土法上の手続を通らないと予想された。

(三) 原告の設定した販売額は一一四億四四一一万九四二三円であったのに対し、本件土地には極度額一三一億円の根抵当権が設定されており、販売額をもってしても、本件土地上の根抵当権設定登記を抹消することができない。

(四) 原告の想定した本件建物の建築単価は坪当たり三二八万円であり、これによると賃料は坪当たり六万円以上でなければ採算がとれないことになるが、被告の試算によると適正賃料は坪当たり四万円であって、賃料相場を五割以上越えてしまうことになる。

(五) 本件土地について、原告の事業収支計算では八億五〇〇二万四九三五円の赤字が出る上、更にこれに記載漏れとなっている前金保証、販売手数料及び広告費等約一二億円を加えると、本件事業の収支は二〇億五〇〇二万四九三五円の赤字になり、分譲商品として採算がとれない。

四  原告の再反論

被告の主張する事業の遂行を困難にする事由は、以下のとおりいずれも理由がない。

(一)  (一)については、原告は、被告から請求された書類については、すべて提出しているものである。

(二)  (二)については、被告の国土法価格の算定は誤りである。前記のとおり、原告は鷺宮製作所に対し、本件土地及び本件隣接土地の地上権を一一四億四九〇七万二六八一円で売却する旨の国土法上の届出をしたが、不勧告通知を受けているものである。

(三)  (三)については、被告は、本事業における販売額の合計が、本件土地上に設定された根抵当権の極度額を下回ることを当初から知っており、また、根抵当権の極度額である一三一億円から、原告の試算にかかる本件土地及び本件隣接土地の地上権の販売価格である一一四億四四一一万九四二三円を控除した一六億円余りの不足分については、被告から五二億円の融資を受けて右根抵当権設定登記を抹消することになっていたものである。

(四)  (四)については、原告と被告は、本件建物を坪当たり五万円で賃貸できるとの点で意見が一致していたものである。

(五)  (五)については、確かに、原告の試算によれば、八億五〇〇二万四九三五円の赤字が出るが、被告は販売手数料及び広告費については、事業遂行のため、減額することも考える旨述べており、右赤字を解消することは容易であった。

五  争点

1  本件協定の法的効力及びその内容

2  本件協定の解約は有効か(本件事業の遂行は著しく困難になったか。)

第三争点に対する判断

一  本件協定に至る経過について

証拠によれば以下の各事実が認められる。

1  原告は、不動産の売買、管理及び土地造成等を目的とする株式会社であるところ、昭和六一年一〇月ころから本件土地についての再開発を企図し、第一勧業銀行から当初四二億円の融資を受け、本件土地に同額を極度額とする根抵当権設定契約を締結し、同じころ本件土地三筆の所有権を取得した。(≪証拠省略≫)

2  原告は、本件土地をいわゆる売建て方式(対象土地に建物を建て、右建物の建築原価に一定の利益を上乗せした上で土地建物を一括して売却する事業)により売却するため、昭和六三年八月二四日ころから平成元年一一月一〇日ころまでの間、日本生命との間で多数回にわたり交渉を重ねた上、同年九月一二日ころには、書面にて原告側の売却条件を提示したが、売買契約の成立までには至らなかった(≪証拠省略≫)。

3  原告は、このころ、本件土地の付加価値を増加させるため、本件土地の凹型を解消し、本件建物を建築すべく、その建築請負契約受注を企図する飛島建設の参加を得た上、本件隣接土地の所有者である営団との交渉に入っており、昭和六三年九月二〇日ころには、営団と覚書を交わし、共同で、建物を建築する旨を概ね合意していた(≪証拠省略≫、原告代表者)。

4  被告との交渉は、平成元年九月ころ、当時住友銀行神谷町支店取引先課課長伊藤雅弘が原告会社を訪問し、本件土地について被告との信託方式による賃貸運営を勧誘したことに始まった。右伊藤は、同年一〇月ころには被告会社において、原告との右事業を勧誘した上、同年一一月一〇日ころ、原告会社に当時被告分譲営業課課長代理であった高丘斉昭(以下「高丘」という。)を同行した(≪証拠省略≫)。

5  高丘は、同月ころ、本件事業についての企画書を作成した上、これを原告に交付して、原告に対しその内容に沿って本件事業の説明をして勧誘した。それによると、被告は信託方式による大口分譲商品については、同年五月に大阪で実績を挙げており、本件土地及び建物についても三か月で完売見込みであって、原告は、土地代金を早期に決済できること、売却せずに賃貸運営ができ、サブリース益が期待できること、一〇年後に買戻しが可能であることに加えて、一・九一パーセントの運用利益を投資家に提供することができる等のメリットがあるというので、勧誘に応じ、本件事業を推進することとした(≪証拠省略≫、原告代表者)。

6  原告は、本件土地に設定された根抵当権設定登記が抹消されない場合には、本件事業を商品化することができないと考えたため、同年一一月ないし翌一二月ころと翌平成二年一月ころ、被告と本件事業について打合せた際、本件土地に関する原告の借入額と、国土法上の価額に差が生じた場合の処理について質問したところ、いずれも原告は被告から、被告の融資ないし保証金・手数料で調整するとの回答を得た(≪証拠省略≫、証人岩崎)。

7  被告は、原告に対し、平成二年一月二四日ころ、前記企画書に基づいて市場調査を行ったところ、五社以上の反響があり、完売の見込みが高いので、是非本企画に基づく事業化を提案するといった書面を交付した(≪証拠省略≫)。

8  原告と被告は、同年二月一六日、前記のとおり予て本件建物の請負契約受注に意欲のあった飛島建設を加えた上、本件事業について打合せをしたが、その際、建物完成までに建物の工事費等により、原告に概算で合計五四億円の資金不足を生ずることが問題となった。そして、被告から原告に対し、右不足分を融資し、飛島建設において原告の右債務を保証するといった話が出たものの、原告被告間において消費貸借契約の成立には至らず、また、飛島建設との間においては、右保証の対象額及び保証のため原告から徴求するべき担保についても具体的な合意がされないまま、同年三月六日、本件協定の締結に至った(≪証拠省略≫、証人永井)。

二  争点1(本件協定の法的効力及びその内容)について

1  原告は、被告が本件協定に基づき、原告に対して五二億円を融資すること、本件建物についての建築確認が下り、国土法の不勧告通知を取得した段階で、本件土地及び建物を販売し、本件土地相当の売買代金を原告に対して支払うことを内容とする債務を負った旨主張する。

2  しかしながら、本件協定に至る経過及び証拠によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告と被告との間で締結した本件協定のうち、業務提携基本協定においては、本件事業の基本的な仕組みについて、原告と被告が、本件土地及び建物について、その共有持分を共同して投資家に販売した上、被告は右顧客から信託を受ける旨が合意されたものの、更に右信託財産を原告に一括賃貸するについては、別途賃貸借契約を締結すること、前記原告と被告との共同販売については、両社間において、別途販売提携契約ないし専任媒介契約を締結することが、それぞれ合意された(≪証拠省略≫)。

(二) 本件協定のうち、原告、被告及び飛島建設間で締結された基本協定においては、本件事業形態について、信託事業方式とした上、原告が、本件土地及び建物の共有持分を投資家に販売し、被告がこれを代理または仲介した上、販売代金については、被告が代理受領すること等信託事業の基本的な方式が合意された(≪証拠省略≫)。

(三) 右基本協定においては、原告が被告から融資を受けるに際して、飛島建設は被告に対して原告、被告及び飛島建設が確認した範囲内においてのみ原告の債務を保証する旨合意されている(≪証拠省略≫)が、右文言自体明確な諾成的消費貸借契約の合意とは認められない上、前記のとおり交渉段階においても、被告の原告に対する融資については、その額について話されたことはあったものの合意に達してはいない。

以上によれば、本件協定は、本件事業についてその概括的で総論的な合意をしたに過ぎないものであって、原告主張の如く、直ちに具体的な債務が発生する性質のものではないと解するのが相当である。

3  次に、原告は、被告は本件協定に基づいて、本件事業の完成に向けて、最善の努力をすべき信義則上の義務を負っている旨主張するので、この点について検討する。

本件協定は、前記のとおり、いずれも本件事業の概要を示したに止まり、今後の具体的な実施段階においては、販売委託等の個別契約を必要とすると考えられる。しかしながら、本件協定に至る経過及び証拠(≪証拠省略≫、証人岩崎)によれば、①本件協定において、締結以降も各々の場面における個別契約の締結が予定され、当然にそのための交渉の継続が予定されること、②本件協定の目的は、本件事業を原告と被告が相互協力して推進することにあり、両当事者は、誠意をもって右協定に定めるところに従い、本件事業の具体化に努める旨合意されていること、③原告及び被告は本件事業の推進のために最大限の努力をするものと合意されていること、④本件協定締結に至るまでには、原告被告間で数回の交渉が重ねられている上、右交渉過程においては、前述のとおり被告からは積極的な勧誘もあり、原告としては、本件事業の実施に少なからざる期待を抱いていたであろうこと、がそれぞれ認められるから、原告及び被告は、本件協定に向けての交渉過程において、互いに協力して本件事業を推進すべき一種の共同体的関係に立ち至ったものというべきであって、右関係により得た当事者の利益は法律上も保護すべく、したがって、原告及び被告は、本件事業の実施に向けて互いに相手方等と誠実に交渉するべき信義則上の義務を負うものというべきである。このように解しても、国土法二三条の趣旨に反しないことは言うまでもない。

そうすると、原告及び被告は、正当の理由が存しないのに、一方的に本件協定を解約することは許されないと言わざるを得ない。

三  争点2(本件協定の解約は有効か=本件事業の遂行は著しく困難になったか)について

1  本件協定には、本件事業の遂行が著しく困難になったときは、協定を解約できる旨の定めがある(≪証拠省略≫)。ここに事業の遂行が著しく困難になったときとは、長期間にわたって継続的な関係が生じ、原告の信用及び資力が重要な要素となる本件協定の性質に鑑みると、本件事業の実施が採算に合わず、事業収支が多額な債務超過をもたらすことになることが判明したにもかかわらず、その解消の方策が示されないというような場合を含むことは明らかである。事の性質上、催告を要しないことは当然である。

2  そこで、これを本件についてみるに、本件協定に至る経過及び証拠(≪証拠省略≫、証人高丘、同永井)によると、次の事実が認められる。

(一) 本件事業を実施するについては、本件土地に設定された根抵当権設定登記の抹消が不可欠な条件であったところ、本件土地には、平成元年二月二〇日の時点において、第一勧業銀行に極度額一一四億円の根抵当権が設定されており、被告は、概ね右極度額を前提として、本件事業計画を考えていた。しかるに、原告は、被告に知らせることなく、右根抵当権の極度額を平成元年一〇月二〇日に一二四億円、本件協定締結後である平成二年五月一〇日に一三一億円と二度にわたって増額変更し、その旨の登記手続をした。

(二) 原告は、被告の再三の求めに応じ、平成三年一〇月一日、ようやく本件事業の収支を計算した小口分譲事業方式における収支と題する書面を差し出したが、それによると、本件事業の収支は、合計二〇億五〇〇二万四九三五円の損失(原告が計上しなかった前金保証二億円及び販売手数料・広告費一〇億円を含む。)が見込まれるものであって、その損失は、少なくとも被告が承知していた損失を十数億円上回るものであった。被告の試算によると、原告が想定した本件建物の建築単価(坪当たり三二八万円)では、賃料相場を相当超えた賃料をとらないと、採算がとれないから、本件事業の重要なメリットの一つである年一億円の転貸利益を挙げることはできず、本件事業の収支の損失を解消する方途の一つが断たれてしまうことになるが、他に右損失を解消する適当な方策は見当たらなかった(少なくとも被告を納得させるような方策は示されていない)。

(三) 被告は、右に計上された損失を知り、本件土地に設定されている根抵当権設定登記を抹消することは不可能であり、本件事業により本件土地、建物を商品化することはできないと判断し、平成三年一〇月二日、原告に対し、口頭で本件協定の解約を申し入れた。

(四) なお、既述のとおり、原告の試算によると、本件建物の完成までに約五四億円が不足することになることから、飛島建設の保証により、被告が右資金を融資する話が持ち上がったことがあるが、明確な合意がないまま本件協定に至ったものであって、最早右融資に期待することは困難な状況となった(被告が、本件協定の実施に向けて互いに誠実に交渉すべき信義則上の義務を負っているからといって、原告の資力に問題があって、返済計画、返済財源及び担保等の見通しが立たない以上、融資する義務がないことは多言を要しない。)。

3  この点原告代表者及び証人岩崎は、被告は前記小口分譲方式における収支と題する書面の内容を、本件協定締結当時から知っていたと供述ないし証言するところ、確かに、本件協定締結時において、被告は本件土地に関する原告の借入金の存在を認識しており、原告において借入金と本件土地価格との間に、ある程度の不足額が生じることを予測していたものと思われるが、前記のとおり少なくとも一三一億円に極度額が変更登記されたのは、本件協定締結後である平成二年五月一〇日であることからして、前記書面に示された損失内容を正確に知ることは困難であって、採り得ない。

4  右事実によれば、本件事業の実施が採算に合わず、事業の収支が多額な債務超過をもたらすことになるにもかかわらず、その解消の方策がないことは明らかであるから、被告主張のとおり、本件事業の遂行は著しく困難になったと認めるのが相当である。

四  よって、原告の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤康 裁判官 竹内努)

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